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銀の鈴社は、〈花や動物、子供たちがすくすく育つこと〉を願って活動しています

『C58 坂を上る』井上謙作◯西野真由美

『C58 坂を上る』は、作者、井上謙先生の実体験をもとにしたフィクションで、『路傍の石』や『真実一路』を彷彿とさせる小説です。
作品舞台の主な時代は、太平洋戦争の末期。
蒸気機関車の鑵たきを目指す少年が主人公です。
タイトルの「C58 坂を上る」は、「月山」などの作家、森敦先生の命名。
森敦先生は、井上謙先生がご研究されていた横光利一さんのお弟子さんでもありました。
(井上謙先生は横光利一学会の会長で、解釈学会の顧問でもあられました)
謙先生は、この作品を見ていただいた時に、「大学の教師なんぞは辞めて、物書きになれ」と森敦先生から言われたと仰っておられました。
実体験をもとにしたフィクションなだけに、その描写の細やかさに圧倒されます。
蒸気機関車のC58106に寄せる想い。
そこには、かつての学友の夢も重なります。
これは蒸気機関車を愛し、支えた男達、そして少年達の物語なのです。
病床の謙先生から、お話を伺ったのが昨秋。
原稿をいただいたのが一月。
そして、松本忠さんが急ぎ描いてくださったラフスケッチを病室にお届けした時の、本当に嬉しそうな満足気な謙先生の笑顔が、握手が、私にとっての最期になりました。
謙先生はその翌日、2月8日に亡くなったのです。
ご子息の聰先生、そして教え子のみなさまにお助けいただいて、ようやく明日の法要に間に合いました。
疲弊し切った今の日本に、C58のように、坂を上って欲しいんだ、と、ご自身の苦しさをも顧みずに語ってくださった謙先生。
高邁な強い信念の 崇高な美しさを、私は、そして同席した息子の大介は、謙先生から学ばせていただきました。
合掌
西野真由美

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